どうも皆さん、半年以上放置してすみませんね。
こういう「感情のメタ認知・各種メソッドをやったらこんなに改善して人生楽になりましたよ」と皆様に解決の具体的手段や希望を与えるブログをやっているもので、つい「もっと立派な成果を出して皆を納得させ、その気にさせなければ」といつの間にか気負っていた模様。
なので何か大きな出来事が無ければ投稿できないと思い込んでいました。
「どうせダメ人間のくせに、なにカッコつけてるんだ?」
と私の中の人が言ってます・・・
確かにそうです、ダメ人間です。くやしいのう・・
自分が「恥ずかしい人間であり、ダメである」と認めるのは辛いです。
ですが認めない限り、自分の目の前に「恥ずかしく感じる出来事」や「ダメだと感じる出来事」がいつまでも現れるのです。
つまり出来事の大元である潜在意識はこう言っているのです「YOU、早く認めちゃいなよ」
「認めるまで出し続けるぞ」
潜在意識もただ意地悪でそうしてるわけではなくてこうも言います。
「認めてくれれば俺もお前も楽になるんだ」
なので、だいぶキレイになったと思っている私の心の中を、クリアリングメソッド初心者の気持ちになって再確認することにしました。
以前のような「怒り」が湧くことはほとんどありませんが、人前で「恥ずかしい」と感ずる出来事や仕事でも休日でもいちいち「ダメな奴」と感ずる事が割と頻繁にあり(致命的な失敗とかではないですが)いい加減に邪魔くさいので
「まだ未処理の感情が溜まっているのだろう、ならば処分してしまえ!」
と感情の在庫処分を始めた次第。
目の前に出てくる出来事が「恥ずかしい」「ダメじゃん俺」と感じる事なので、過去のそういった場面を思い返し各種メソッドで消化していきます。
使ったメソッドは「感じきるメソッド」「セドナメソッド」と感情を文字化して腹の辺りから体外に取り出すオリジナルのメソッド(過去記事参照)を多用しました。
それと並行して普段から頻繁に「俺って恥ずかしい人間よな、分かってるよ」「昔からダメ人間よな、それも認めてるよ」「長い間気付かないようにフタしてきてゴメン」と自分の中の人に語りかけていきました。
恥ずかしい自分、ダメな自分を掘り返すというのは「黒歴史」を見かえす事なので楽しくはありません(注・反省をするわけではない)。
でも、その時の感情を感じきれば圧倒的にこれからが楽になるのでやるしかないです。
1日2日ではやはり効果は感じられませんが、2週間程度で初対面の人に対する「抵抗感」「恥の感覚」が軽くなっていることがわかりました。
何か「別に同じ人間なんだから、いいでしょ」「人前でいい格好しようとする意味が分からないな」といった感覚になっていました。
完全にゼロになったわけではないけど、仕事の邪魔に感じるようなことが亡くなり快適です。
今回の投稿も「立派な成果」を出さなければと、カッコつけようという気持ちが無くなってきたので投稿する気になったのだと思います。
自分の「良い面」だけ認め「悪い面」を見ないようにするのはやはり無理があるんですね。
良いも悪いも両方あって(認めて)こそ「完璧な人間」ていうのは真理なんでしょう(以前は納得出来ませんでしたが)。
だからダメな自分を直さなくていい、そのままでOK、必要なのは「悪いところ恥ずかしい所が自分の中にあるのだ」と気づいて認め、もう一人の自分と「見て見ぬふりしてゴメン」て和解するだけ。
「嫌な所は認めない」・・ほとんどの人がやりがちですが、個人的に良く思うのが「警察官」「教師・先生と言われる人」などは無意識的に強く抑圧しているのではと思います。
聖人君子とはいかなくても「私は人に後ろ指差されるようなことはしない・してはいけない」「皆の見本となるよう立派でいなければ」と思う方が多いのではないでしょうか。
なので「恥となることはしない・認めない」「私にはやましい所は無い・あってはいけない」と自分の感情・欲望を抑圧し認めなかった結果、「変態教師」「ハレンチな警察官」「着服・横領」などが明るみに出てしまうのではないかと。あと「TOP芸能人」もありますね、たぶん。
報道されちゃった方々も自分で先に認めておけば、潜在意識の強制力によって結局「認めざるを得ない」状況に陥ることは無かったと思うんですが。
「恥ずかしい」を認めなければ「恥ずかしい」思いをさせられ、「罪悪感」を認めなければ「罪悪感」を感じさせられ、「怒り」を認めなければ「怒り」をこれでもかと感じさせられます。
今回はここまでにしようかと思います、では。
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